2015年03月17日

藤澤桓夫 顕彰碑

15日にお披露目された 『藤澤桓夫 顕彰碑』

写真撮ってきました。
 ・浅沢社を東に行った角   (コンビニ駐車場の前)

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 ・解説のパネル  (コンビニの左横)

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2015年03月12日

住吉大社セミナー 2015年3月

住吉大社セミナー 2015年3月9日(月)
帝塚山と住吉の文学的風土
  講師:八木孝昌先生(帝塚山学院参与)


※住吉に出現した郊外型、学園都市型文学が生まれた経緯について、

 ・住吉、帝塚山界隈は、明治の後半になっても、貧村であった。
    明治末期の人口は3000人余り
 ・ところが大正時代になって、商工業の発達、大阪市の急激な膨張、
    交通網として、上町線、高野線が開通
 ・市内の実業家、富豪が邸宅や別荘を帝塚山周辺に建て、
    従来の耕作地や荒れ地が理想的な宅地となって、
    住吉村の人口は、1万人を超えてきた。
 ・大正期に文教地区にもなった。
   (A)大阪高等学校(阪大の前身:現阪南団地の場所にあった)
   (B)女子専門学校(女子大の前身:万代池の側にあった)
   (C)府立住吉中学校(現住吉高校
   (D)帝塚山学院

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 このようにして 帝塚山周辺は文化都市となっていった。


住吉帝塚山派の作家たち
  ・藤沢桓夫・長沖一・庄野英二・庄野潤三・石浜恒夫・阪田寛夫

  ※私自身これらの方々の作品を呼んだことがないので〜〜
    当時の歴史的背景を学んだだけだった。

<余禄>
  3月15日に、藤沢桓夫の顕彰碑が完成するそうです。
    浅沢社を東に行った角 (コンビニの前あたり)



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2015年03月10日

大阪点描

先週 大阪市内をぶらぶらしてきました。

  ・天満 渡辺津から熊野街道を〜〜
  ・空堀−高津宮
  ・玉造駅−三光神社−玉造稲荷−越中井−大阪城梅林
  ・庚申堂−庚申街道−阿倍寺跡推定地の碑

皆さん、ウォーキング会や歴史散歩で 良くご存じでしょうが、
ちょっと見かけた 特異なものを紹介します


【点描1】===釣鐘屋敷跡===
 天満から御祓筋を南へ2本、釣鐘町
 五つの輪でできた大きな屋根の下に、鐘が吊り下げられています。
  <歴史的背景は省略しますが・・・>

  ・普段は、午前8時、正午、日没時間、
     1日3回コンピュータ制御で鳴るそうです。
  ・鐘楼の五つの輪は、4度の火災をくぐり抜けてきて
    「5度目に鐘楼に帰った」という意味だそうです。
  ・中央に高くのびている柱は、時計の長針と短針を表現しています。
    「0スタートしよう」という気持ちを込めて、時計の針を0時に!

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【点描2】===「ビエラ玉造」===
 昨年3月にできた玉造駅 近くのビルです。
 ビルの2階部分の外観が、環状線の電車に似せて作られています。
  2F:玉造園 保育園
  1F:100円ショップ、 会員制フィットネスジム

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 JR西日本 「大阪環状線改造プロジェクト」の一環だそうですが、
 今後の発展は???


【点描3】===高津宮 陰陽石===

高津宮は、難波高津宮に遷都した仁徳天皇が主祭神です。
秀吉が大坂城を築城する際、現在地に移されました。


その高津宮境内東側の崖下に、谷末社及び陰陽石があります・・・
  陰陽石とは、女陰や男根に似た自然石で、
  生命力や繁栄の象徴として崇敬されているそうです。

    陽石            陰石
   bb-522.jpg   bb-523.jpg


<余禄>
  西側の崖には、
   以前は「三下り半」の階段があり、「縁切り坂」と呼ばれ、
   現在は、南北両方からの階段ができ、「相合坂」 別名「縁結びの坂」。


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